ゼロに立ち戻った、堀江貴文の今後を読み解く書籍

意外にセンシティブで、感情の起伏が激しい人だということを初めて知りました。

頭まで布団をかぶり、声を震わせながら泣いた。泣きじゃくった。
顔を見なくてもわかる。声の主は、独房から面会室までの間を何度か誘導してくれていた、若い刑務官だった。名前なんて知らないし、知りようがない。でも、その精悍な顔立ちと穏やかな声は、いまでもはっきり覚えている。あふれる涙が止まらない。こんなところにも、こんな僕に対しても、人の優しさは残っていたのだ。
堀江貴文、「ゼロ、なにもない自分に小さなイチを足していく」より

私にとって、とても意外だった彼の生い立ちが克明に記されています。
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ホリエモンにとっての仕事とは?

多くの人は、自分の時間を「会社」もしくは「仕事」に費やして、お金に換えている。本来であれば、仕事の対価として、報酬を受け取ることが、真っ当な方式であると思う。
しかし、会社のなかには色々な部署もあって、自分の携わる仕事が直接利益を生み出すものではない場合もある。たとえ営業部のような、直接的な利益が目に見える部署であったとしても、サービス残業などに時間を差し出すことによって、会社や組織に忠誠を誓い、その忠誠心を給与に換えている人もいるかもしれない。

人生が豊かになっていかない根本原因は、なによりも「時間」だ。
(中略)お金を「もらう」だけの仕事を、お金を「稼ぐ」仕事に変えていこう。
設けるために働くのではなく、お金から自由になるために働こう。
堀江貴文、「ゼロ、なにもない自分に小さなイチを足していく」より

努力の人、堀江貴文

もし、成果に向かって全力疾走することを「努力」と呼ぶのなら、努力するなんて当たり前のことだ。わざわざ「みんな努力しようよ」なんて野暮ったいことを訴える必要もなく、ただ「成果を出そう」と呼びかければいい。
堀江貴文、「ゼロ、なにもない自分に小さなイチを足していく」より

本書を読み進めていくと、「野暮ったい努力」を積み重ねていった道程が記されています。
これまでの彼が、あまり語りたがらなかった、ゼロからイチを足していった過程があります。

本のなかでは「努力」という言葉は、あまり使われることはなく、単に「作業に没頭した」「すっかりハマッた」といった表現が使われています。

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まとめとして

本書は、彼の出所後、初の書き下ろしだそうです。
今、彼は「働きたい」と、言っています。

全てを失って、再び「ゼロ」に戻った、堀江貴文が何をしでかしてくれるのか、楽しみでなりません。

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