実例に学ぶ、心に残るフックのある良い文章とは?

ざっと、読み飛ばしてしまうと、それまで咲くことのなかった棘をもつ木に花が咲いた。

それだけの文章に思えてしまいます。

しかし、なぜ、私は立ち止まってこの文章をスクラップして感想を書く事になったのでしょうか?

そこには作者の意図するフック(引っかかり)が作用して、私を立ち止まらせたのでしょう。

この文章におけるフックは何なのか、振り返って考えたいと思います。
20年越しに咲いた花

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20年越しに咲いた花

バラともサンショウとも区別のつかない、とげのひどい一本の木があった。

とげの木はたくましく成長した。毎年のように、春になればつぼみをつけているかと期待し今年こそは花を咲かせてくれるだろうかとひたすら待っていた。

朝日新聞「ひととき」より

朴訥とした一本の木を読者の心のなかに連想することが出来る書き出しです。私は、投稿者の意図通り、自分のなかに山椒のゴツゴツとした木肌をイメージしています。

花もつけず、身も結ばないばかりか、その身にとげをまとった奇妙な植物。世間に媚びることのない野武士のような風貌をより強く印象付けています。

20年もの間、「そのうちいつかきっと咲いてくれるだろうと淡い期待を持って」待ち続け。ようやくこの頑固なとげの木がひっそりと一輪の花を咲かせた。しかし、待ち焦がれたその花は誰にも気づかれることなく、ひっそりと咲いて、さっと散ったという。

白い花だったのか、赤い花だったのか、色さえもさっぱりわからないが、花が咲いたことだけは確かである。

今年はなにか良いことがありそうだ。と投稿者の胸に小さな花を残した。

来年こそは花を見る。と楽しみに一年を過ごすことだろう。一年間じっくりと楽しめる実を結んでいることが分かる結末だった。

この文章のフックとなるもの

読み終えた当初、「なんという花なのか?」興味が湧き上がるとともに、見ることが叶わなかった花を残念に共感することができた。

正解のない問題にぶつかったような、モヤモヤとした気持ち。この残念な気持ちを共感する事こそ、読者に対するフックとなっています。

  • 結局、なんという植物なのか?
  • いつ咲いて、いつ散ったのか?
  • 咲いたのは、白い花だったのか赤い花だったのか?
  • どうしてそれまで咲かなかったのか?
  • 来年からは咲いてくれるのだろうか?
  • 謎は謎のままに・・・。簡単に与えられた解答は、心に残るものが少ないでしょう。読者の心に、不思議の種子をひっそりと蒔き、時間がたつとその芽がでるのかもしれません。

    無味乾燥で、何も心に引っかかるものがない文章を書くことが多い私にとっては、ちょっとしたショックです。

    まとめとして

    良い文章の書き方については、ここで何度か書いています。新聞を読んでいて、記者の名文に触れることもありますが、それよりも私が感心させられるのは読者からの投稿。

    なぜか心に残るような、良い文章に出会うことができます。

    ずっと、こうやってスクラップすることを続けたら、そのうちに良い文章を書けるようになるかもしれません。

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